ウェブ標準表記Blogは、自社の表記の基準を考えるときに「役に立つ、かもしれない」情報を皆さまと共有することを目的としています。これから会社の表記基準をつくろうとしている方やWebテキストの校正を担当する方、これから文章を書こうとしている方とともに、表記の視点を身近な例から考えてみたいと思います。また、現在進行中の「新常用漢字表(仮称)」に関する最新情報などもお届けします。
2008年11月12日
第27回 文化審議会国語分科会 漢字小委員会 傍聴報告
11月11日 第27回審議の配布資料は以下のとおりです。
資料1:第26回国語分科会漢字小委員会・議事録(案)
資料2:「追加字種(191字)表」(人名漢字との対応表)
資料3:「常用漢字(音訓・付表)」の変更について・2(案)
資料4:これまでの漢字施策について(付:人名用漢字)
参考資料1:「戸籍法及び戸籍法施行規則(抄)」(『公用文の書き表し方の基準(資料集)増補二版』(文化庁,平成17年,第一法規)から抜粋)
参考資料2:文部省活字(江守賢治『解説字体辞典』(三省堂,昭和61年)から抜粋)
参考資料3:江守賢治『≪チョク・みことのり≫の字について』(平成19年1月)、江守賢治『≪チョク・みことのり≫の字について(続)』(平成20年2月)
県名格差
「県名のための」漢字は、日本国民として偏りなく読み書きできることが適当、という認識のもとに、県名のための11字が、新常用入りする候補漢字の提示に先駆けて示されたことは、このBlogでも何度もとりあげました。県名のための11字とは次のような、県名を構成する漢字の一字であって、まだ常用漢字になっていない漢字です。
茨 栃 埼 梨 阜 阪 奈 岡 媛 熊 鹿
上の11字の追加により、住んでいる県によって、県名を書ける子どもと書けない子どもが存在するような、地域による能力格差も薄らいでいくという期待も一部にあるようです。
県名の読み書きのうちの、“書く”はひとまず収束をみるとして、次に “読み”の問題が控えています。
大分
配布資料3「「常用漢字(音訓・付表)」の変更について・2(案)」は、1.音訓について、2.付表について、3.前回の漢字小委員会における意見の扱い等、という3つの見出しで構成されており、1.の音訓については、音訓の追加案が書かれた内容です(これについては、10月28日のエントリー「第26回 漢字小委員会 傍聴報告 ― 漢字の音訓」に詳述しました)。音訓追加案35例のうちの26番目に、分(訓:いた)がありますが、今回の審議は、この大分(おおいた)の、読み方をどこで区切るのか、という問題提起から始まりました。
(注:資料の見出しには時計文字の I II III が使用されていますが、アラビア数字に直しています)
「多き・田」「おほ・きだ」
委員のおひとりが幼少時代を大分でお過ごしになったとかで、「大分(おおいた)の分の読み方について、音訓追加案では「おお・いた」と分解して「いた」と掲載する案が出ているが、豊かなる国の意をもつ大分は「多い田」の転と解釈する字書が多く、“いた”の訓読みには違和感がある」という問題提起だったと思います(審議は発話形式で進行するため、傍聴人は字を確認することができませんので、その場で推量した字で記述しています)。
この問題提起に対し、「分は「きざ(刻む)」という意味をももつもの。語源と現代の漢字の用法とは別問題と考えるべきで、一般の人々の用法に鑑みて、その用法が漢字表の精神に合いかつ民間に浸透しているならば、それは認めざるを得ない」という見解も示されました。
ここで言われていた内容を正確に理解するため、筆者は帰社してから大分の地名の由来を調べてみました。大分の地名の由来には、「多き田」が転じて「多い田」(豊かなくにの意)になったという説と「碩田(おほ・きだ)」(“きだ”は、刻む(=分)。大分川によって刻まれた(浸食された)大地の意)説がある ― 調べたかぎりでは、このようなことだと思われましたが、これだけスパンの長い文字の歴史や学問的な解釈の話題がほんの数分で交わされたことに筆者は驚きを禁じえず、緊張感をもって審議の始まりを見つめていました。
音韻の変化
“稲妻(いなずま)”、“三日月(みかづき)”“世界中(せかいじゅう)”のように、2つの語の連合によって音韻が変化した例は日本語に無数にみられます。音韻の変化とは、フランス語の“リエゾン”のような現象で、前に来る語の発音に引かれて後の語の読み方がもとの読みから変化することを指していますが、審議では、世界中の中に「音:ジュウ」を追加することの適否に対する意見が交わされました。三日月は(三日・月)のように2語の連合によって生じた「づ」であるため「ず」ではなく「づ」と書くことが、内閣告示の「現代仮名遣い」で示されていますが、世界中の場合には、世界と中に分解できるものではなく一語と考えることが妥当であるため、これを「じゅう」と本則では表記しています(“ぢゅう”と書くことも許容するとされています)。
このような2語の連合によって音韻が変化した例のうち、袋小路(ふくろこうじ)などを例として取りあげる、取りあげないの判断が示されない理由は何か、という問題提起に対し、日本語には、垣間見る(かいまみる)、生粋(喫水?)(きっすい)、春雨(はるさめ)など、連合による音韻変化の例は挙げればきりがないほどたくさんあるのであり、「現代仮名遣い」にも、すべての例を尽くしているわけではないという断り書きがついているのであるが、「しんじゅう」とも「しんちゅう」とも読める「心中」の場合には、備考欄に、読み方によって意味が異なることを書き添えるのが妥当であるか、弥生(やよい)など、辞書によって表内訓と表外訓の解釈が異なっている実態をどうするか、などのような審議がおこなわれました。
字体
「佛」を「仏」と簡略化したような字体の整理を今回も実施するかどうかの意見交換が最後におこなわれました。
新常用漢字の候補として示されている191字のうち、字体が問題になってくる30字ほど(※)について、「現行の漢字表との整合性の観点から整理したほうがよい」という意見と、「当用漢字や常用漢字のときにおこなわれた字体整理は必ずしも統一的なものではなく、「沸」のつくりが「ム」の形にならなかったなど、一般にどの形が通用しているか、という観点も含むものであり、今、字体の混乱の時代からやっと脱しようとしているときに、再度、字体を変更することの各界の負担を考慮すれば、字体を変更することは適切ではない」とする意見などが出されました。
さらに、2000年に正式に答申された「表外漢字字体表」によって示された1022字の字体についても徐々に定着の方向にあり、JIS、情報機器分野の協力もあって、字体問題は落ち着いていく途上にある。とはいえ、之繞(しんにょう)の1点・2点は同じであることを、教育現場ではどう扱うかというような、「3部首許容」から派生する問題、また、便箋の箋を、竹冠に「浅」のつくりの部分の形の「せん」で書くことは庶民感覚に受け入れられるのか、のような具体的な例も出されました。
この意見には筆者も同感でした。字体の整理に便乗した拡張新字体というものの存在が、約四半世紀にもわたって字体の混乱を招いたことを思えば、それを追認するのでは辻つまが合わなくなってしまうと思われるからです。
漢字の読み方を決めるのも、通用字体を決めるのも、結局はそれを使用する庶民なのだ、ということにハッと気づいた瞬間でした。
情報化時代の漢字表
審議の最後は、漢字の“正字”と一般にいわれる「康煕字典体」の扱いについて問題提起がありました。漢字表で漢字の字体を「標準字体」として提示することにより、それ以外の字体は非標準=間違った字形であると認識されてしまうことを避けるために、「標準字体」という言葉を「通用字体」という表現に改めた経緯があること、常用漢字表で( )内に「康煕字典体」を示したことの意味は、日本の文化の継承のためであり、古典などの文献にこれらの字が多数出てくることへの便宜でもあるが、問題は新字体によって従来使用されていた旧字体の位置が著しくおとしめられたことにある、常用漢字表に付されている( )は355字あるが、( )「康煕字典体」の位置づけが危ういものになっており、そこに危惧を覚える、などの意見が出されました。審議は、定刻を過ぎても熱を帯びたままつづけられ、主査から「新常用漢字は、情報化社会に対応するために求められる改訂である」との漢字表の性格を確認する言葉で結ばれました。
秋
11月11日、第27回の審議は、いつもの文化庁の庁舎内ではなく、「学術総合センター」というビルの一室でおこなわれました。
ビルはその名の示すように学術の研究機関が多数入居しており、近隣には学士会館、共立大学、東京大学発祥の地の記念碑などがあります。都内でも有数のアカデミックな雰囲気を醸す街並みを右手に折れれば、小学館、集英社などの大手出版社が立ち並び、さらに歩を進めると、神保町の書店街が目に入ってきます。派手さのないビルの間に間に、紅葉した木々が華を添えて、学問と秋の深まりが一度に到来したかのような、ほろんとした温かさを懐中して、傍聴の一日を終えました。
次回の審議会は25日、試案の公開に向けて審議も佳境、月一ペースが月二となり、委員の先生がたも走る、師走、近し。
(福島)
(注:このBlogは、審議を傍聴しながら自分の言葉で解釈したままに表現して書いています。正確な速記録は後に文化庁ホームページに掲載されますので、そちらでご確認ください)
※
2008年11月20日
読者の方からのご指摘をうけ、以下のとおり修正いたしました。
修正前: 字体が問題になってくる30~31字
修正後: 字体が問題になってくる30字ほど
コメント
「字体が問題になってくる30~31字」っていうと、弥籠頬謎遜遡曾剥葛餅餌淫媛采箸賭嗅痩溺僅羨蔽喩惧麺填箋憚哨捗と、あと、彙でしょうか?
Posted by: 安岡孝一 : 2008年11月12日 18:22
安岡先生、いつもお読みくださりありがとうございます。
先生と同様のご質問がほかにも寄せられておりますので
字体を考える場合の考慮事項をまとめて、当ブログにエントリーいたしました。
http://notation.mitsue.co.jp/archives/000172.html
こちらをお読みいただければと思いますが、なにしろ字体の問題はたいへん難しく、間違いがありましたら、ご教示いただければ幸いでございます。
今後ともどうぞよろしくお願い申しあげます。
Posted by: 福島 : 2008年11月13日 18:47

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